「あの日」から15年。大川小学校を訪れて

こんにちは、NPO法人CORUNUMです。
先日、東日本大震災によって大きな被害を受けた宮城県石巻市の大川小学校を訪れました。そこで私が見聞きしたことを記事に残したいと思います。
近年、地震や台風、大雨などによる震災被害が多くあります。この記事を通して、「防災」について考えるきっかけになれば幸いです。
1. 震災前の様子
かつて、大川小学校の周辺には約100軒の住宅が並び、そこには多くの人々の日常がありました。
この地域は海抜が低いため、震災以前から水害が多く起こっていました。しかし、津波による大きな被害は経験したことがありませんでした。
2. 2011年3月11日
何気ない日常は、一瞬にして奪われました。
14時46分に発生した東日本大震災で、石巻市も激しい揺れに襲われ、その後、大規模な津波が押し寄せてきました。大川小学校では、地震発生時に校内にいた児童77人と教職員11人が津波に巻き込まれ、多くの命が失われました。
3. 大川小学校を訪れて
実際に大川小学校を訪れて私が考えさせられたのは、「救えたはずの命」「救いたかった命」が「救えなかった命」になってしまったことです。
大川小学校では、地震が起きた後、校庭へ避難したものの、その後どこへ避難するのかについて職員会議が開かれました。案内してくださったSさんのお話によると、校庭から避難が始まったのは、地震発生から約33~34分後だったそうです。
この時間が、もっと短ければ、もっと早く避難できていれば、多くの命を救うことができたかもしれません。
災害は「起きてから考える」のではなく、「起きる前に考えておく」ことが重要です。
実際、日頃から大規模な地震や津波を想定し、避難場所や避難経路を具体的に決めていた学校では、地震発生後に速やかに避難することができていました。
この違いから考えさせられるのは、災害時には、事前の備えが「判断する時間」を生み出すということです。
「津波が来るかもしれない。どこへ逃げるのか」
こうしたことを地震が起きてから考えるのではなく、日ごろから具体的に想定しておく。
それだけで、避難を開始するまでの時間を短くできる可能性があります。
4. 15年経った今
東日本大震災から15年が経った今も、災害への備えは終わっていません。
実際、石巻市では2026年8月に総合防災訓練を実施するなど、現在も防災への取り組みが続けられています。また、9月には大雨によって市内全域に避難指示が出されるなど、地震や津波だけでなく、さまざまな災害への備えが必要となっています。
私は大川小学校を訪れて、災害が起きていないときこそ、避難場所や避難経路、家族との連絡手段などを考えておく必要があると感じました。
大川小学校は、震災の悲惨さを伝える場所であると同時に、「次の災害で同じことを繰り返さないためにはどうすればいいのか」を考える場所でもあるのだと思います。
5. これからを考える
東日本大震災は15年前の出来事です。
しかし、大川小学校に行ってみると、それを単なる「過去の災害」として終わらせてはいけないと感じました。
「あの日、何が起きたのか」を知るだけではなく、
「もし自分がその場にいたら、どう行動するのか」まで考える。
それが、震災を未来につなげるために、私たち一人ひとりにできることなのではないでしょうか。
6. 結びに
最後まで記事を読んでいただきありがとうございます。
結びに、案内してくださったSさんからいただいた「お言葉」をみなさんにも届けたいと思います。
・「防災」は未来への「希望」です。その「希望」を自分事としてとらえ、防災に対する意識を今一度改めてみてください。
・大川小学校の校歌である「未来をひらく」という言葉を覚えていてください。大川小学校で起きた「あの日」の出来事が、二度と同じ悲劇を繰り返さないための学びとなり、これからを生きる皆さんの未来を照らす光となることを願っています。

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